メチル基の利用法

メチル基(methyl group)とはいうものの、こいつは有機化学でいうところの官能基(functuinal group)とはずいぶんちがいます。横にケトンがあればまだしも、なんもないメチル基は化学的にはほとんど不活性です。

そんなわけで有機化学では空気なメチル基ですがNMR業界では結構注目されます。それはメチル基が著しく早い回転運動をするためで通常作れる低温条件ではもちろん液体ヘリウムを使わないと実現しない極低温に置いてでも量子トンネル効果による原子波動関数の交換が起こり回転します。

この回転周波数はNMRの実験時間スケールよりもはるかに短く、メチル基にくっついている水素原子の原子核(proton)はその座標を特定できず、平均値で示されます。

そのメチル基に安定同位体標識を施して構造決定の道具に使おうという試みは昔からなされていました。分離がいいですからね。

さてこの論文。

Alanine Methyl Groups as NMR Probes of Molecular Structure and Dynamics in High-Molecular-Weight Proteins

R. G.-Ruiz, C. Guo, V. Tugarinov, J. Am. Chem. Soc., 2010, 132,18340

その亜種でしょうか、メチル基を13CH3や13CD2Hにして通常溶液系では観測されないC-Hの双極子相互作用(残余双極子:RDC)を観測・利用しています。

サンプルはMalate Synthase G という82kDaのややでかめのタンパク質。アラニン以外にもロイシン、バリンも標識しています。

他の水素は全部重水素置換されており、サンプル合成にいくらかかったのか苦労が伺えます。それだけにこのfullpaperではやれる限りのことはとりあえずやった様子が伺えます。CSA(化学シフト異方性)なんかもはかっています、なんか固体っぽいですね。

メチル基を駆使した構造決定の新たな方法論を、という熱意は感じられます。実際サンプルさえ合成できればこれによって得られる情報も多いでしょう。

しかしながらこの方法論が役に立つのは構造が決まった後な気がします。他の方法で構造が決まらない限りこの辺の残基のdynamicsがslowだfastだと言ってみてもあまり意味のある情報ではない気がします。

まだまだ青いだの短絡的だの言われることが多いのですが、方法論を開発するうえでその最終目標なり手法の使われ方を意識するのは大事なことだと思います。


部位ごとの運動性は知るべき情報だし、一般性もあるので手法としての面白さもありますが、ここからさらにさきのscienceに発展できるのかは疑問です。