パラ水素とNMR感度

パラ水素と聞いてどういう分子か説明できる人は化学を専門にしている人でもそう多くはないでしょう。

パラ水素とは水素の2つの核スピン異性体の一つで、二つの核スピンの向きが反平行の分子種です。もう片方の、二つの原子の核スピンが平行なものをオルト水素といい磁気的には別の化学種として区別しています。

この二つは化学的な性質で区別することができず、高温近似が成り立つ室温付近ではこれらの存在比はオルト:パラ=3:1の割合で常に混ざりもので存在しています。

カルベンに一重項状態と三重項状態があるのは有名ですが、これは電子スピンの異性体でありこの二つは化学的な反応性も異なります。

オルト水素とパラ水素は化学的な性質はそっくりなのでこいつらを分離するのは困難ですが、低温においてパラ水素の方が安定であることを利用してうまいことパラ水素だけを分離する方法があるのです。(詳しくはこれとかを読んでみてください)

そんなわけで、どうやらパラ水素を理想的にはオルト:パラ=1:9の割合にまですることができるらしいのですがそれによってNMRの感度を向上させています。

ん?一方が上向きだったらもう一方は下向きで打ち消しあっちゃうんじゃないの?って思った人はセンスがいいです。そんな人はJカップリングがあることを思い出してください。

そんなわけでこの分極をほかの分子に移すことができればその分子も同様に高感度な測定ができるはずです。この方法はparahydrogen-induced polarization (PHIP)と呼ばれ長いこと研究されてきた歴史があります。

まず一報目

Microfluidic Gas-Flow Imaging Utilizing Parahydrogen-Induced Polarization and Remote-Detection NMR

V.-V. Telkki, V. V. Zhivonitko, S. Ahola, K. V. Kovtunov, J. Jokisaari, I. V. Koptyug, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 8363

パラ水素を分子内に導入するのにはロージウム触媒によるアルケンへの水素添加反応がよく使われます。

マイクロフローデバイスを用いたガスフロー型の装置を採用しているのでサンプルの密度が薄い=高感度が求められるセッティングです。

通常蛍光を用いて行われている検出をNMRでやろうとしています。FIDの検出をパルスを打ったコイルとは別のコイルで行うなどなかなか凝った装置です。


んで次。
Continuous 1H and 13C Signal Enhancement in NMR Spectroscopy and MRI Using Parahydrogen and Hollow-Fiber Membranes

M. Roth, P. Kindervater, .H.-P. Raich, J. Bargon, H. W. Spiess, K. Munnemann, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 8358